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猫好き研究者の日々雑感

文系博士課程・研究者のシビアな現実

かつて言われた「末は博士か大臣か」というのも今は昔。現在の日本では特に文系分野において、博士号取得者が活躍できる場が限られているという現状があります。

一方で、今年4月に新小学一年生を対象として行われた将来なりたい職業調査では研究者が6位とかなり上位に入っています。多くの場合は白衣を着た自然科学系の研究者がイメージされているのではないかと思いますが、無論そうした研究者像には文系の学者・研究者も一定程度含まれていると思います。

そこで、今回は社会科学分野の博士課程に進み研究者として生きて行こうとする上での、シビアな現実について取り上げてみたいと思います。

将来的に社会科学の学者・研究者を生業として生きていこうと考えた場合、そこに至るまでのコスト・リスクと天秤にかけた時に果たして経済的なインセンティブがどの程度あるのかという現実的な観点から考えてみます

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文系の大学教授はどれくらい稼げるか

以前、京都大学法学部の現役教授の方が大学からの給与を公開したことが話題になりました。ご本人のブログによると、30代半ばにして教授に昇任されたということからも、早くから一流の研究者として認められておられたということかと思います。公開された問題の給与ですが、45歳での教授の年収が約940万円ということでした。この金額が多いと感じるか少ないと感じるかは人それぞれだと思いますが、このあたりの金額が一つの目安となっているのではないかと思います。

同じく先日、興味深い記事が出ていました。こちらは米国のビジネスニュースサイト"Business Insider"に掲載された"28 high-paying jobs for people who hate science"という記事*1からです。直訳すると「(自然)科学が嫌いな人のための高収入職種28選」と言うのが良いでしょうか。この中では、大学法学部の教授が第2位にランクインしています。米国での平均年収が$126,270ということなので、日本円だと1417万円程度になります。これは米国での平均なのでそのまま日本には当てはまりませんが、日本でも私立大学の教員の給与は国立大学に比べて高いと言われていること、大学教員は大学の給与以外にも講演や学外での役職などによる収入があることなどを考えるとさほど遠い数字ではないのではないでしょうか。このあたりは推測の域を脱しないのですが、一つの目安の額として頭の片隅に置いておいていいと思います。

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博士課程修了までにかかるコスト

次に、大学教員になるために大学院修士課程と博士課程を修了するのにかかる費用を見ていきたいと思います。

国立大学

国立大学については、一般社団法人国立大学協会が2015年8月に出した『国立大学法人基礎資料集』に基づいています。

大学院(法科大学院は除く)
 入学金:28.2万円
 学費:53.6万円/年(一部大学は52万円/年)

 

私立大学

私立大学については、文部科学省の「私立大学等の平成26年度入学者に係る学生納付金等調査結果について私立大学(平均)」に基づいています。こちらのデータは文系学部のみの平均ではないのですが、大体の相場観がつかめればと思います。

大学院博士前期(修士)課程
 入学金:22.3万円
 学費:71.3万円/年
 施設費等:9.4万円/年

大学院博士後期課程
 入学金:21.2万円
 学費:59.2万円/年
 施設費等:6.8万円/年

 

文系の大学院修士課程2年と博士課程を4年で修了した場合、計6年間で国立大学では242.6万円、私立大学では468.9万円がかかることになります。(同じ大学院の修士課程から博士課程に進学する場合には内部進学として入学金の額が変わる場合がありますが、ここでは便宜的に修士課程・博士課程の入学金をそのまま加算しています。)

 

学部卒で就職した場合との所得比較

では大学院に進学せず、大学学部を卒業後すぐに就職した場合はどうでしょうか。

22歳で大学学部を卒業後、修士課程2年・博士課程4年で卒業した場合の年齢は28歳です。文系学部卒業者の20代後半の平均年収額*2は約400万円(実際には新卒採用時から20代前半はもう少し少ないと思われます)なので、文系学部卒業者が22歳から28歳までの6年間の間に稼ぐ額の平均は約2000~2400万円程度と考えられます。

こうして同じ文系大学学部を卒業した同期が平均2000万円以上稼いできた間に、博士課程までの進学者は240万から470万円を逆に学費として支払うということになります。働きながら博士課程に在籍する人もいますが、文科省によれば一般的な課程学生が博士課程を修了する時点でその半数以上が平均440万円の借金を抱えているという調査結果*3も出ており、この金額は実際に大学院博士課程修了までにかかるコストに照らしても概ね一致している額です。

このように、博士課程まで進学する場合には進学せずに学部卒業後に就職した場合と比べ、ざっくりと計算しても約2000万円~3000万円近くの所得差が生まれてしまっています。教育レベルの高い大学の卒業生の所得が総じて高い傾向にあることから、ハイレベルの大学ほど卒業後の大学院進学者と就職者の間の所得差が大きくなりやすいと考えられます。これはすなわち、高い教育を受けた能力のある学部生が大学院へ進み研究者を志すという選択のインセンティブを大きく下げることにもつながってくると思います。

これだけのコストとその間の経済的な厳しさを経て博士号を得られたとして、将来的にどれほどコストに見合ったリターンを回収することができるのかは未知数です。

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博士号を取っても大学教員になれないリスク

というのも、よく知られている話ですが、博士号取得者のうちポスドク・助教・講師・准教授というキャリアステップを経て教授にまでなることのできるテニュア(大学での安定的な雇用)をスムーズに得ることのできる人はかなり限られているからです。

社会科学分野の博士号取得者のうち、テニュアを得られず任期付き雇用の人は、約65%に上っています。残りの多くはいわゆるポスト・ドクター(ポスドク)として不安定な任期付き雇用で食いつなぎながらテニュアのポジションを探すことになります。それも難しい場合には、研究の道を離れて新たな道を目指すことになります。

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コストとリスクに見合わない現状

法学部を始めとして文系の大学教授の年収は、学外の所得も含めると文系の学部を卒業した人の職種としては企業の管理職と並び比較的高いと言えるかもしれません。また、定年も一般的な民間企業と比べると遅いと言えます。ただ、生涯賃金の観点から考えると、博士号取得→学者・研究者を目指すという道は必ずしも経済的に魅力的な生き方とは言えないのかもしれません

大学院を修了するための安くない学費を払い、就職した同期とは対照的に20代後半に経済的に厳しい状況に耐え、なおかつ不確定なキャリアステップというリスクを負ってでも研究を続けたいという情熱がない限り、日本で博士課程に進学し学者・研究者を目指す道はオススメできないというのが現実ではないでしょうか。

このような日本の現状に対し、欧米では博士課程の学生は高い専門性を持ったプロフェッショナルとして扱われ、日本では学費を支払うのとは反対にむしろ大学から給与を受けて研究を行う研究者と位置付けられる場合も少なくありません。博士課程の学生に対するこうした違いの背景には、日本では博士号取得者など専門家の扱いが低い文化があること、国の大学教育にかける予算が減っていることなどもあると言えると思います。

専門性を持ったプロフェッショナル育成とその活躍の場など、現在の日本が抱える課題は様々あると思いますが、そうした議論については別の機会に譲ることとしたいと思います。いずれにしても、社会科学の分野で博士号を取って学者・研究者となるキャリアパスの経済的な利益衡量を考えると、研究者として大成するためには研究に対する情熱と忍耐力、そして強い覚悟が必要となりそうです。

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*1:http://www.businessinsider.com/high-paying-jobs-for-people-who-hate-science-2016-3

*2:https://careerpark.jp

*3:「博士人材追跡調査」第1次報告書-2012年度博士課程修了者コホート-,科学技術・学術政策研究所. 2015年